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2013’10.15・Tue

編み物と私(出会い編)

私と編み物のお付き合いは結構長いです。

最初の出会いは5歳。母親も結構編み物をする人だったらしく、洋服ダンスの中には何点か母お手製のものが。
それを見て「いいな~」と思った私は、母に編み物を教えてとせがみ、母もあっさり「いいよ」と応じてくれました。

しかし、5歳児の手は正に紅葉の手のようにちいちゃな手。当然編み針も上手に持てるわけもなく…。
おまけに大人と同じように手を動かせるかといったらそれも当然Noなわけで。
ほどなくして母親に編み針を取り上げられ、「もう教えない」となりました。まぁ、当然と言えば当然の結果です。

5歳児の好奇心は日替わりで、その時は編み物に執着することなく、その後は日々いろんなことを楽しんでいました。

再会は10歳の時。
小学校のクラブ活動で手芸クラブに入り、冬の活動で編み物をすることになりました。
担当の先生はいたけど、教わったという記憶があまりないのでここに好きな課題を設定してやっていたのかも?
当時仲良しだった友達と一緒に毛糸を買いに行き、糸を交換して端っこだけお友達の色を使った模様編みのマフラー(ゴム編みだったかも)を編みました。仲良し4人組だったのですが、その中に一人お姉ちゃんがいる子がいて、その子がお姉ちゃんから教わったらしく色々知っていて彼女の指導の下編んだ…ような気がします。
(彼女は器用でセンスが良く、いつも羨望の眼差しを送っていました)

その後4人組の中でしばらく編み物ブームは続きましたが、中学校に入り、部活も忙しくなり下火に。

高校に入っても私は一人編み物熱が冷めやらぬ状態で、学校と部活でヘトヘトになりながら時間を見つけて細々編んでいました。
部活の友達から頼まれてマフラーを編んだこともありました。
白いマフラーだったので汚れないように編む前は必ず入念に手を洗い、保管も袋にグルグルに包んで…とすごく慎重に取り組んだのを覚えています。

そして大学受験の時。
受験勉強を楽しく集中して行えるようにと自分であるルールを作りました。
『試験勉強を1日〇時間やったら編み物(マフラー)を10段進めてもよい』というルールでした。
出だしは順調でした。目の前の人参につられて毎日机に向かい、達成感と共に楽しい編み物タイム。
でも、マフラーを編み進めていく内に「早く形になるところを見たい!」という欲望がどんどん強くなり、ある日一気に仕上げてしまいました…。ルールが守られたのは1週間か10日くらいだったでしょうか…。

その時のマフラーがこちら。
真っ赤!
未だ現役で活躍中です。
目の前の人参が魅力的になるように、色・素材共にこだわって選んだ毛糸で作った一品です。

そしてその後もマイペースに編み続け、2年ほど前からかぎ針にも手を出すようになり編み物にかける時間が長くなっていき、現在に至っています。

これからはどんな関わりになっていくのかしら?
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